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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)3320号 判決

原告 松崎俊久 外三名

被告 日本住宅公団 外二名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一申立

(原告らの請求の趣旨)

一  被告日本住宅公団は本判決確定の日から七日以内に原告松崎俊久に対し別紙物件目録(一)記載の建物について、原告黒岩義之に対し同目録(二)記載の建物について、室内における自動車騒音が午前八時から午後七時までは四五ホン以下その余の時間帯は四〇ホン以下となるよう窓を二重構造にする等適切な処置をせよ。

二  被告ら各自は原告ら各自に対し、それぞれ金五〇万円およびこれらに対する昭和四四年一一月二一日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  第二項につき仮執行の宣言。

(請求の趣旨に対する被告らの答弁)

主文同旨

(被告 国)

担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二主張

(請求の原因)

一  建物の売買等

被告日本住宅公団(以下被告公団という)から、原告松崎俊久は昭和四一年九月一六日別紙物件目録(一)記載の建物を買受けてその所有権を取得し同年一一月六日原告松崎光子ら家族とともにこれに入居し、原告黒岩義之は同年九月一六日同目録(二)記載の建物を買受けてその所有権を取得し、同年一一月二一日原告黒岩ナナ子ら家族とともにこれに入居した。(以下右各建物を本件各建物という)

二  騒音の実情等

(一) 本件各建物は被告公団の建設したけやき台分譲住宅(以下本件団地という)のうち、南端部およびやや中央寄りに位置する鉄筋五階建アパートの各一部である。

その位置関係の詳細は別紙図面(一)のとおりである。

(二) 本件団地の東側には原告ら本件団地の住民が寄贈し、被告国分寺市が所有管理する幅員約一三メートル(車道部分約八メートル)の舗装道路(以下本件道路という)が南北にわたつて設置されているところ、右道路には、原告らの入居当初から、国鉄国立駅北口を起点とし本件各建物の北側に位置するけやき台団地バス停留所を終点とする立川バス株式会社のバスと、国鉄立川駅北口を起点とし、右けやき台団地バス停留所を終点とする立川バス株式会社および西武バス株式会社のバスが午前六時頃から午後一〇時過ぎ頃まで一日延二〇〇回余(通過回数はその二倍)も運行され、その他自家用車、タクシー、貨物自動車等多数の車両が通過するため、本件各建物付近は午前六時頃から午前一時四〇分頃までの間著しい騒音に包まれており、しかもその騒音はバスの運行回数の増加等にともなつて年々激しくなる実情である。

ちなみに、本件各建物付近は騒音規則法所定の第一種区域(詳細は後記のとおり)であるところ、昭和四二年一〇月頃小金井警察署交通課が行なつた本件各建物付近の騒音実態調査によれば、室内における車の排気音は平均で六〇ホン、最高七九ホンに達していることが判明した。

三  被告公団の責任

(一) 被告公団は原告松崎俊久、同黒岩義之に対し、本件各建物の分譲に当り、同被告の発行した分譲住宅入居案内書の記載および同被告の担当係員の説明をもつて、本件団地がけやき林に囲まれた閑静な住宅地であつて、車両の団地内の運行を認めず、バスの停留所は団地外に設置する旨表示した。

(二) 右原告両名は被告公団との前記売買契約に先立つて数回にわたり本件各建物付近を見分したところ、本件道路は建設中で、その南端部入口には車止めの抗を打つて大型車両の交通規制をしていたし、また、本件団地は閑静な住宅地であつたので、住宅として最適と考えてそれぞれ本件各建物を買受けたものであるが、被告公団はそれ以前に本件団地の北側にあるけやき台賃貸団地の住民との間で同団地内にバスターミナルを設置し、本件道路に立川、西武バスを運行させる旨約定していて、原告らが本件各建物に入居してみると前二項(二)記載のような実情であつた。

(三) したがつて、本件各建物には隠れた瑕疵があつたと言うべきところ、原告松崎俊久、同黒岩義之と被告公団の前記契約は被告公団が、自己の材料を用いて製作した非代替物たる分譲アパートを供給する、いわゆる製作物供給契約であるから、製作物に瑕疵がある場合は売買に関する規定によるほか請負に関する民法六三四条を類推適用して、被告公団は本件各建物の瑕疵修補義務を負うものと解すべきである。

(四) ところで、東京都知事が騒音規制法にもとづき指定した基準(昭和四四年二月二〇日付東京都告示一五七号)によれば第一種区域(良好な住居の環境を保全するため特に静穏の保持を必要とする区域)は午前八時から午後七時までが四五ホン以下、その余の時間帯は四〇ホン以下でなければならないが、本件各建物付近は第一種区域であるので、被告公団の瑕疵修補義務の内容は、室内における自動車騒音が右告示指定の基準以下となるよう本件各建物の窓を二重構造にする等適切な措置をとることである。

(五) 被告公団は本件各建物に前記瑕疵が存することを知つていたのであるから、これに居住する原告らが騒音による損害を蒙るであろうことを予見しかつ右損害の発生を回避すべく適宜の措置を講ずべき義務があるのにこれを怠り瑕疵を修補しないまま本件各建物を原告松崎俊久、同黒岩義之に引渡したものであるから、不法行為にもとづく損害賠償として原告らの後記各損害を賠償する義務がある。

(六) 人格権侵害

被告公団は、本件各建物を分譲するにあたり、事前に車両の本件団地内通行を認め、かつバス停留所が本件団地内に設置されることを知りながら、原告らに右事実がない旨を告げ、かつ右事実からいつて前記のとおり車両騒音による人格権の侵害があることを知り又は知り得たのに本件各建物に防音工事を施さないまま原告らを居住させ、前記騒音により原告らの健康を害する等人格権を侵害している。

したがつて、被告公団は故意又は過失により原告らの人格権を違法に侵害しているものであるから不法行為に基づく損害賠償責任ならびに防音工事をする義務がある。

四  被告国分寺市の責任

(一) 地方自治体は地方自治法二条三項により地域住民の安全、健康、福祉の増進、道路の管理、騒音の防止等に関する事務を処理するから、被告国分寺市は同法の精神に則り原告ら住民のために迅速かつ適切な騒音防止策を実施する義務がある。

(二) ところで、被告国分寺市には、本件道路に接続し国鉄国立駅に通じる平均幅員一六メートルの道路拡張計画(別紙図面(二)中赤線部分)があり、もし右道路計画が実現すれば、これに接続する立川市の道路拡張計画(別紙図面(二)中青線部分)がすでに昭和四三年六月同市議会において採択され実現の運びとなつているので、右両計画が相俟つて、本件道路を運行する現行バス路線(別紙図面(二)中黒線部分)を、右両計画により拡張整備される各道路を通ずる循環バス路線に変更することが可能となる。

そうすれば、原告らの騒音による被害は立ちどころに解消するし、また、右路線変更によつて本件団地の立川市寄りの住民に格別不便を強いることにもならない。

しかるに、被告国分寺市の市長および市議会議員は前記義務を怠り、原告らが昭和四三年三月頃に行なつた前記道路計画実施の請願を同年一二月の市議会において財源難を理由に不採択とし、右計画を実施しない。

(三) 被告国分寺市の市長および市議会議員の右不作為は地方自治の裁量の枠を越える違法行為であるから、同被告は右市長および市議会議員の使用者として民法七一五条により原告らの後記各損害を賠償する義務がある。

(四) そうでないとしても、被告国分寺市は、住民の意思を詳さに考慮検討することなく本件バス路線開通を積極的に求め、且つ路線変更等の住民の切なる請願を無視して右問題の解決を怠つている。これは同被告の公権力の行使における違法行為であるから、被告国分寺市は国家賠償法一条又は民法七〇九条により原告らの後記損害を賠償する義務がある。

五  被告国の責任

(一) 東京陸運局長は立川バス株式会社および西武バス株式会社に対し、本件道路を含む路線について別紙(一)記載のとおりバス路線免許を賦与した。

(二) ところで、本件団地のような閑静な住宅地域へのバスの乗入れを許可するに当つては、バスの運行による利便に偏することなく、その騒音等により地域住民の健康、福祉を害することがないよう配慮し、十分に事実調査を行なつてその虞がないことを確認すべき義務があるのに、東京陸運局長はこれを怠り、慢然、両バス会社に対し前記各免許を賦与したものである。

(三) 右免許は、昭和四一年九月三〇日、一日三〇回の運行回数に限つて認可されたが、東京陸運局長は、右のみならずターミナルを原告ら居住建物の直近に設置し、且つその後数回にわたり運行回数の増加を認可し、現在の運行回数は一日三〇〇回をこえ、それによる騒音は愈々耐えられなくなつており、東京陸運局長の右処分により、原告らの人格権侵害はその極みに達している。

(四) 東京陸運局長の右各処分は公権力の行使に該当するから、被告国は国家賠償法一条により原告らの後記各損害を賠償する義務がある。

六  被告らの責任の相互関係

被告らの前記各不法行為は、同時にあるいは重り合つて原告らの騒音による損害の発生原因となつているので、被告らの各損害賠償義務は不真正連帯債務と解すべきである。

七  原告らの損害

原告らは、本件各建物に入居して以来今日に至るまで、本件道路を通過する定期バス等の騒音により、朝早くから起こされ深夜まで安眠を妨害されるうえ、日中でも満足に話もできず、ラジオ、テレビの視聴も困難であり、ことに夏は窓を明け放つておくことができないため換気も思うに任せない状態であつて、健康、仕事の能率等は著しく妨害されている。

たとえば、原告松崎俊久は医師であつて、夜間論文の執筆、研究資料の整理、文献の調査等に従事することが多いが、騒音のためこれら思考作業を著しく妨害されるばかりか、深夜早朝の安眠を妨害されるため日中の仕事にも支障をきたすほどである。

また、原告黒岩義之は報道関係の事業に携わり勤務が夜間に及ぶため、午前中は九時、一〇時まで就寝しなければならないのに、早朝から安眠を妨害され慢性的な疲労をきたしており、長男は交通事故の後遺症で通院加療中であるのに、療養が妨げられて回復がはかばかしくなく、妻である原告黒岩ナナ子もピアノ、エレクトーンの個人教授が不可能な状態である。

そして原告松崎光子、同黒岩ナナ子は一日中家庭に居て育児、家事等に従事するため騒音の被害を最も激しく受けるうえ、一家の主婦として家族の健康管理を担当するので心労が絶えない状態である。

ちなみに、本件各建物付近の騒音は市街地における連続的騒音と異り、金属的かつ断続的な爆発音であるが、識者によれば、このように強弱高低不規則に変化する音は連続音よりも人体に与える心理的、生理的影響が大きいとのことである。

原告らの右心理的、生理的苦痛に対する慰藉料としては各自金五〇万円が相当である。 八 よつて、原告松崎俊久、同黒岩義之は被告公団に対し、本件各建物について請求の趣旨第一項記載のとおり瑕疵修補義務の履行を求めるとともに、原告らはそれぞれ被告ら各自に対し、請求の趣旨第二項記載のとおり慰藉料およびこれに対する不法行為による損害発生の後である昭和四四年一一月二一日から各支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する認否)

被告公団

一  請求原因一のうち、原告松崎俊久、同黒岩義之が各主張の建物を買受けたことは認めるが、その時期は否認し、その余の事実は不知。

なお、原告らは、当初本件各建物買受の時期を原告松崎俊久については昭和四一年一一月一日、同黒岩義之については同年一〇月一六日と主張し、被告公団はこれを認めていたところ、原告らは後に右の主張を撤回し、原告両名について建物買受の時期は昭和四一年九月一六日と主張するに至つたものであるが、右は自白の撤回に該当するので、被告公団は右自白の撤回に異議がある。

二  請求原因二の事実中、(一)の事実は認める。同(二)の事実中本件団地の東側に被告国分寺市が所有管理する本件道路が設置されていること、右道路に立川西武両バスが運行されていることは認め、バスの運行時間および運行回数、本件各建物付近の騒音が年々激しくなつていること、原告主張の騒音実態調査が行なわれたことは不知、その余は否認する。

三  請求原因三のうち、(一)の事実は否認する。

被告公団は本件各建物を含む分譲住宅三五〇戸の譲受希望者を募集するに当り、「分譲住宅のご案内」と題するパンフレツトを作成、配布したが、同パンフレツト中の「けやき台団地概要」と題する部分は募集開始当時(昭和四一年七月)における本件団地付近の交通事情を説明したものであつて、分譲住宅が完成し、入居が終つた後までも右のとおりであることを示すものでも、また保証するものでもない。

同(二)の事実中、被告公団がけやき台賃貸団地の住民との間で同団地内にバスターミナルを設置し、本件道路に立川西武両バスを運行させる旨約定したことは否認し、その余は不知。

同(三)の事実は否認する。

1 建物の瑕疵とは、建物がその種類、品等に応じて通常有すべき品質を欠くことを言うのであるから、建物外の交通騒音の存在をもつて建物の瑕疵というのは当らない。

2 仮りに、交通騒音の存在が瑕疵になり得るとしても、瑕疵の有無は本件各建物の引渡当時を基準に判断すべきところ、右時点における騒音の程度は、日常生活に著しく障害を来たしかつ受忍の限度を超えていたものとは言えないから本件各建物に瑕疵はない。

3 また、原告らは本件各建物の引渡当時交通騒音の存在を知つていたか、少なくともこれを知り得べき状況にあつたから、交通騒音の存在が隠れた瑕疵とは言えない。

同(四)の事実中、原告ら主張の東京都告示の内容がその主張のとおりであることは認め、その余は争う。

同(五)の主張は争う。

同(六)の事実は否認する。車両が通行するのは団地に接して存在する一般道路であつて正しくは団地内道路ではなく、被告公団において右道路に車両の通行を認めるとか認めないとかの権限は全くない。

被告国分寺市

一  請求原因一の事実は全て不知。

二  請求原因二のうち、(一)の事実は認め、(二)の事実中、本件団地の東側に被告国分寺市の所有管理する本件道路が設置されていること、右道路に立川、西武両バスが運行されていること、本件各建物付近が騒音規制法所定の第一種区域であることは認め、その余は否認する。

三  請求原因四のうち、(一)の主張は争う。地方自治法二条は地方自治体の所管事務を規定するにとどまり、市民個々人に対する市の私法上の義務を規定するものではない。 同(二)の事実中、被告国分寺市に原告ら主張の道路計画があること、立川市の市議会が原告ら主張の道路計画実施の請願を採択したこと、同被告の市議会が原告らによる右道路計画実施の請願を財源難を理由に不採択としたことは認め、その余は否認する。

ちなみに、立川市の市議会が道路計画実現の請願を採択したからといつて近い将来これが実現される保証は全くないし、仮に、立川市および被告国分寺市の各道路計画が実現されたとしても、現行バス路線が原告ら主張のバス路線に変更されるか否かは、バス会社の営業政策および路線免許の賦与権限を有する陸運局長の意思いかんにかかる問題であるから、甚だ不確定であると言わざるを得ない。

また、仮に原告ら主張のようにバス路線が変更されたとしても、将来バス以外の車輛が本件道路を五日市街道方面等へ抜ける中間道路として利用するようになり、その交通騒音が現在より激しさを増す可能性もある。

以上要するに原告らの交通騒音による被害と被告国分寺市の道路計画実施との間には相当因果関係がない。

同(三)の主張は争う。同(四)の主張事実は全部否認する。

四  請求原因六の主張は争う。

五  請求原因七(損害)は争う。

被告 国

一  請求原因一の事実中、原告らが各主張の建物を買受けたことは認めるが、その時期は否認し、その余は不知。

二  請求原因二のうち、(一)の事実は認める、(二)の事実中、本件団地の東側に被告国分寺市が所有管理する本件道路が設置されていること、右道路に立川、西武両バスが運行されていることは認め、本件道路が団地住民の寄贈したものであること、本件各建物付近が騒音規制法所定の第一種区域であること、原告主張の騒音実態調査が行なわれたことは不知、その余は否認する。

なお、立川、西武両バスの運行回数は当初一四〇回であつたが、その後数次に亘つて増便された結果、昭和四四年一一月の時点で二〇〇回となり、現在に至つている。

三  請求原因五のうち、(一)の事実は認め、(二)の事実は否認する。

東京陸運局長は、原告ら主張のバス路線の設定につき、日本住宅公団、東京都公安委員会等関係者の意見を聴取し、かつ本件団地付近の従前の交通事情、団地居住者の向後における流動予測等を総合的に勘案した結果、前記バス路線の設定を必要性および適切性の両面から相当と認め、両バス会社に対し免許を賦与したものである。

同(三)の事実中、東京陸運局長が原告主張の頃、一日三〇回の運行回数に限つて免許を賦与したこと、その後立川バスの国立駅方面行き一路線のみにつき三回にわたり運行回数の増発を認可したことは認め、その余は否認する。

同(四)の主張は争う。

四  請求原因六の主張は争う。

五  請求原因七(損害)は争う。

第三証拠〈省略〉

理由

第一原告ら居住地域と道路の位置関係

一  いずれも成立に争いのない乙第一号証、第二号証および弁論の全趣旨によれば、被告日本住宅公団(以下被告公団という)から、原告松崎俊久が昭和四一年一一月一日別紙目録(一)記載の建物を、同黒岩義之が同年一〇月一六日同目録(二)記載の建物を、各買受けたことが認められる(なお、原告らと被告公団、同国との間では、契約成立日の点を除き右買受けの事実は争いがない。)。右認定を左右するに足りる証拠はない。右各建物は被告公団の建設したけやき台分譲住宅のうち、別紙図面(一)のとおり南端部およびやや中央寄りに位置する鉄筋五階建アパートの各一部であり、本件団地の東側に被告国分寺市が所有管理する幅員約一三メートル(車道部分約八メートル)の舗装道路(以下本件道路という)が設置され、右道路に立川バス、西武バスが運行されていることは当事者間に争いがない。

二  いずれも被告公団、被告国分寺市との間では成立に争いがなく、被告国については弁論の全趣旨から真正に成立したものと認められる甲第一号証の一・二、第二号証、いずれも成立に争いのない乙第四号証、丁第一五号証および検証(第一、二回)の結果ならびに弁論の全趣旨によれば、国分寺市西町四丁目八〇番地所在の被告公団けやき台団地は、五日市街道、立川-所沢線、高木通りの三道路が周囲をはしり、同団地の分譲住宅区域が高木通りに南面し、賃貸住宅区域(行政区画は立川市)が五日市街道に北面し、中央線国立駅から北へ約二・四キロメートル、立川駅から北東へ約三・四キロメートルに位置し、両駅への公衆交通機関は立川・西武両バスのみで、駅迄のその所要時間約一〇分であること、原告黒岩方の三九号棟北東角から本件道路車道まで一一・四五メートル、西町四丁目バス停留所(終点行き)まで約三六メートル、原告松崎方の四二号棟の東北角から本件道路車道まで八・九〇メートル、同原告方北側窓(同棟東北角から約一二メートル西)から団地南停留所(立川・国立駅行)まで約三一メートル、同原告方ベランダ南端から高木通りまで一九・六メートルであること、本件道路は騒音規制法所定の二車線を有する道路であること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

第二本件道路における自動車騒音の実情

一  本件道路の交通量

本件道路の交通量に関しては、証人鮫島一郎の証言により真正に成立したものと認められる丙第二号証および同証言によれば、被告国分寺市公害係においてナシヨナル交通量パタン計を用い、四一号棟横において計測した結果、昭和四七年九月二〇日午後二時から同月二六日午後二時迄の間の総通過車両台数は一万四、二一〇台(車種別のデータはない)であり、一日平均二、三六八台 (一時間平均九九台)となること、

当裁判所の検証(第一回)の結果によれば、昭和四七年一一月九日午後三時一〇分から同三時三〇分までの間の原告黒岩方南側の地点で、本件道路の車の交通量は八六台(うちバイクが七台)であつたこと、

また、証人長田泰公の証言により真正に成立したものと認められる甲第一〇号証によれば、昭和四五年九月一〇日午後三時から同月一一日午後一時三〇分まで(ただし一一日午前三時から同六時までを除く)の間の通行車両の数は、バス・トラツク四二五台、タクシー三八五台、乗用車・小型トラツク二、〇一六台、二輪車一二四台であり、ピーク時の交通量は一時間二〇〇台以上であること、

証人佐藤幸吉の証言により真正に成立したものと認められる乙第九号証によれば、昭和四三年一月一一日における被告公団の計測結果は、同団地賃貸住宅一一棟一〇九号(皆川宅)前で午後八時三五分から四八分までの間に、バス一二台、タクシー一二台、乗用車三七台、トラツク九台、バイク三台、同団地分譲住宅三九棟四〇一号(鷲見宅)付近で午後八時五〇分から同九時三〇分までの間にバス一三台、タクシー一七台、乗用車二九台、トラツク二台、バイク〇台、原告黒岩宅付近で午後九時三〇分から五〇分までの二〇分間に、バス七台、タクシー一二台、乗用車二〇台、トラツク一台、バイク〇台であつたこと、 以上の事実が認められ右認定を左右するに足りる証拠はない。なお、原告は甲第二〇号証を提出するも、その成立の真正について何ら立証せず(原告黒岩ナナ子の供述によると当時国分寺市は計測に来なかつたというのであるから、被告国分寺市作成の文書とも認め難い)本件全資料によるもその成立の真正を認定することができないし、また甲第二一号証は原告黒岩ナナ子本人尋問の結果により、警視庁小金井警察署員が作成したものと認められるが、同証に記載ある一分間約一・五台の交通量は何時の何処における交通量かが分明でなく、いまだ本件道路の交通量の認定資料とすることができない。

(バスの通行量)

後記認定のとおり原告らはバスの騒音に対し最も被害感情を有しているので、バスの通行量について検討することとする。

いずれも成立に争いのない丁第一号証ないし第一六号証、第一八号証の一・二、第一九号証および弁論の全趣旨によれば、本件道路を経路とするバスは西武バスと立川バスであるが、西武バスは昭和四一年一〇月一九日から、立川駅北口~けやき台団地間の一系統を、一日三〇回、別紙二の時刻表のとおり運行開始し、現在まで運行回数、時刻に変更がないこと、立川バスは同年一二月一五日から、立川駅北口~けやき台団地間、国立駅北口~けやき台団地間の二系統を運行開始し、立川駅系統は当初から現在まで昭和四三年一一月二一日以来別紙三の時刻表のとおり一日三〇回運行し、国立駅系統は当初平日六三回(休日四四回)、昭和四一年一一月五日から平日休日も一日八〇回、昭和四二年一〇月一九日から平日往一一三回、復一〇九回(休日往七七回、復七五回)、昭和四三年一一月二一日から平日往一四二回、復一四〇回(休日往一〇七回、復一〇五回)別紙四、五の時刻表のとおり運行し、昭和五〇年二月一五日から、終車を四〇分繰り下げ(回数は不変)たことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  自動車騒音について

そこで本件道路走行車両の曝露する騒音量について検討する。

1  本件道路周辺での騒音量測定結果(騒音レベル)

前顕丙第二号証、証人小柳一雄、同鮫島一郎、同松浦尚の各証言によれば、被告国分寺市の公害係職員が、昭和四七年九月二〇日から同月二六日までの間、けやき台団地四〇号棟と四一号棟の間の道路端で、リオンデジタル騒音計(JIS・Z八七三一騒音レベル測定方法に則り、九〇%レンジの下端、中央値、上端が二五〇秒単位で記録用紙に数字で表記される装置)を用い、毎時〇分と三〇分に作動するようにセツトして測定した結果によれば、夜の中央値四四ホン、上限値五六ホン、下限値四〇ホン、朝の中央値四九ホン、上限値六四ホン、下限値四二ホン、昼の中央値五五ホン、上限値七〇ホン、下限値四六ホン、夕の中央値五二ホン、上限値六九ホン、下限値四四ホンであり、最高値は九月二一日一三時三〇分の上限値八二ホンであることが認められる。この認定を左右するに足りる証拠はない。

2  本件各建物と被告国分寺市の測定点との位置関係

第二回検証の結果によれば、本件各建物と国分寺市公害係の前記測定地点ならびに本件道路の位置、距離関係は別紙図面(三)記載のとおりであることが認められる。この認定を左右するに足りる証拠はない。

3  本件建物の構造および遮音度

前顕甲第一〇号証、成立に争いのない乙第四号証、証人長田泰公、同村山邦彦の各証言および検証の結果(第一、二回)ならびに弁論の全趣旨によると、本件各建物は、いずれも鉄筋コンクリート造五階建建物の各一室であり、その間取り、構造は別紙図面(四)のとおりであり、各建物の窓は全てアルミサツシであり、本件各建物の遮音度は窓開けで一〇ホン、閉窓で二〇ホンの減衰効果を有することが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

4  定期バスの車種と騒音レベル

前顕丁第一八号証の二によれば、昭和四三年一一月二一日当時の立川バスの使用車種は、常用車がいすずBR二〇型四一年式、いすずBA七四一型四一年式、いすずBA三〇型四二年式であり、予備車が日野BT三一型六三年式であり、いずれもデイーゼルエンジン車であることが認められる。

なお、前顕甲第一〇号証には、各車両の騒音レベル・継続時間の測定に関する記載があり、それにそう証人長田泰公の証言があるが、同証には測定の原始記録が添付されておらず、しかもその記載内容を検討し、証人長田泰公の証言に照らして考えると作成者独自の見解に基づいて資料の整理がされて記載されている点が認められ、丙第二号証その他前顕採用証拠に比照して甲第一〇号証中の右記載及びそれにそう証人長田泰公の証言は俄に信用することができない。他に本件関係各車両の騒音レベル・継続時間を認定するに足りる証拠はない。

5  本件各建物付近の地域指定

いずれも成立に争いのない丙第三号証ないし第五号証、前顕採用各証拠および弁論の全趣旨によると、本件各建物付近一帯は、騒音規制法所定の「第一種区域」(良好な住居の環境を保全するため特に静穏の保持を必要とする区域)(右事実は原告らと被告公団、同国分寺市の間では争いがない)、公害対策基本法所定の「A地域」(主として住居の用に供される地域)で二車線を有する道路に面する地域にあたること、旧東京都騒音防止に関する条例および現行東京都公害防止条例所定の第二種区域であること、が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

6  騒音に関する各種規制について

(一) 騒音規制法

同法は、事業活動ならびに建設工事に伴つて発生する騒音について必要な規制を行うとともに自動車騒音に係る許容限度を定めたものであり、同法第一七条第一項に基づく指定区域内における自動車騒音の限度を定める命令(昭和四六年六月二三日総理府厚生省令第三号)によれば、本件の場合がそれにあたる第一種区域(良好な住居の環境を保全するため、特に静穏の保持を必要とする区域)のうち二車線を有する道路に面する区域の自動車騒音の限度は、昼間七〇ホン、朝夕六五ホン、夜間五五ホンと定められている。

(二) 公害対策基本法

同法第九条に基づく昭和四六年五月二五日閣議決定「騒音に係る環境基準について」によると、本件の場合がそれにあたるA地域(主として住居の用に供される地域)のうち二車線を有する道路に面する地域において、生活環境を保全し人の健康に資するうえで維持されるに望ましい基準として、昼間五五ホン(A)以下、朝夕五〇ホン(A)以下、夜間四五ホン(A)以下と定められている。

(三) 旧東京都騒音防止に関する条例(昭和二九年東京都条例第一号、東京都公害防止条例に伴い昭和四四年七月二日廃止)

同条例二条一号にいう騒音につき同条例施行規則三条が定める音量基準は、本件の場合がそれにあたる第二種地区(住宅地域・緑地地域)において、午前八時から午後七時まで五五ホン、午前六時より午前八時まで、午後七時より午後一一時まで五〇ホンである。

(四) 東京都公害防止条例(昭和四五年四月一日施行)

同条例五五条が定める別表第十の規制基準は、本件の場合がそれにあたる第二種区域において、午前六時から午前八時まで四五ホン、午前八時から午後七時まで五〇ホン、午後七時から午後一一時まで四五ホン、午後一一時から翌午前六時まで四五ホンである。

7  東京都区内および近郊住宅地の騒音の実情

成立に争いのない乙第一一号証によると、東京都首都整備局都市公害部が、昭和四三年一〇月二八日から同年一一月四日までの間、リオンNA-二型簡易騒音計により、五秒間隔、五〇回測定、中央値、九〇パーセントレンジ上限値・下限値を求めた結果は別紙六記載のとおり、住居専用地域である目黒区柿の木坂で五四ホン、中野区江原町で五二ホン、緑地地域の調布市深大寺、下布田、佐須町で四五ホン、住居地域の目黒区中町で五〇ホン、目黒区本町六丁目で五八ホン、中野区上高田一丁目で四八ホン、中野区中野一丁目で五七ホン、北多摩郡狛江町和泉で四五ホン(以下何れも中央値)であつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  間欠音について

原告らは、本件道路の騒音はいわゆる間欠音であり、金属的かつ断絶的な爆発音であるから、かかる強弱高低不規則に変化する音は、連続音よりも人体に与える心理的、生理的影響が大きい旨主張するので、この点につきなお検討する。

間欠的騒音についての代表例としては、鉄道、軌道騒音が挙げられるが、本件道路についていえば、定期バスはダイヤに従つて本件道路を運行されるから、右鉄道騒音に近似する点があるが、専用軌道を有する鉄道騒音においては列車等の走行しない時は全く無音に等しい。本件道路は、右と異なり、定期バスの外にトラツク、タクシー等種々の車両が走行し、強弱様々の騒音を発している点において、鉄道騒音とは著しく異なる面があるが、本件は、かかる騒音をも間欠音として、その騒音のうるささについて検討することとする。

1  ISO推奨規格一九九六号

被告公団との関係では証人長田泰公の証言により真正に成立したものと認められ、その余の被告との関係では成立に争いのない甲第二二号証および同証言ならびに弁論の全趣旨によれば、間欠性の強い騒音(例えば鉄道・軌道騒音)については、その測定および評価の方法、人体への影響について未解明の点が多く、間欠音のうるささの評価方法として確立されたものはなく、今後の研究に待たなければならないこと、国際標準化機構(ISO)が一九七一年五月に発表した推奨規格一九九六号「社会的反応に関する騒音の評価」は、騒音のうるささに関する評価方法についてのものであり、住民の反応の予測、騒音レベルの許容値の設定に資することを目的として作られており、間欠的騒音についても一つの評価方法を提示していること、そして、騒音評価は、環境の諸条件を考慮して決められる基準値と評価騒音レベルとを比較して行なわれることが認められる。

(評価騒音レベルの決定)

ISO推奨規格一九九六号は、鉄道騒音のような間欠的騒音については、その騒音の性質に応じて補正を行なうことによつて、等価騒音レベルを求めることにしている。その補正の行ない方は、別紙七、表一のとおり問題にしている時間内における騒音レベルの継続時間に応じて行うものとしている。

本件で、原告らは右の数値が前顕甲第一〇号証で示されている旨主張して立証しているが、同証は、証人長田泰公の証言によれば、中央値でなくピークレベルの平均値もしくはピークレベルの九〇%の上限値、下限値を表記し、暗騒音(午後一一時から翌朝八時まで)についてのみ中央値で表記されていることが認められるから、この数値を直ちに評価騒音レベルの決定の資料とすることに疑問があるのみならず、甲第一〇号証中の前記記載、それにそう証人長田泰公の証言の俄に信用できないことは前記説示のとおりである。ただ、間欠音について他に適当な数値、証拠資料の存しない本件では、仮に甲第一〇号証の数値を前提として、本件道路のうるささの実情をこころみに検討してみることとする。

同証No.1表(時間率)によると、本件道路の歩道際における計測結果は、六〇ホン(A)(ピークレベルの平均値)については、一八%から五六%(実際は三二%を超すものはない)の時間帯は一五時三〇分から二〇時、七時から一〇時三〇分までであり、時間率補正値は五五ホン(A)となり、六%から一八%の時間帯は一五時から一五時三〇分まで、二〇時三〇分から翌日零時三〇分、六時から六時三〇分、一一時から一三時までであり、時間率補正値は五〇ホン(A)となり、その余の時間帯は六%以下であるから、時間率補正値も四五ホン(A)以下となる。

七〇ホン(A)(ピークレベルの平均値)については、六%から一八%(実際は七%を超すものはない)の時間帯は七時三〇分から八時までの三〇分間のみであり、時間率補正値は六〇ホン(A)となり、一・八%から六%の時間帯は一五時から二一時三〇分、六時から七時三〇分、八時から一三時までであり、時間率補正値は五五ホン(A)となり、一・八%以下の時間帯は二一時三〇分から翌日五時三〇分までであり、時間率補正値は五〇ホン(A)以下となる。

(基準値の決定)

基準値は、基本値に時間別・地域別に決められた補正をほどこすことによつて求められる。

(一) 基本値 各国民の生活慣習にあわせて決められるべきであるとしているが、ISO推奨規格一九九六号は、住居敷地内に対する基本値として屋外で三五ないし四五ホン(A)を示している。

(二) 時間に関する補正 別紙七、表二のとおりである。

(三) 地域に関する補正 別紙七、表三のとおりである。

(社会的反応)

ISO推奨規格一九九六号では、社会的反応を別紙七、表四のとおり予想している。

今、基本値を前記規格の屋外四五ホン(A)と仮定し、地域補正をするに、けやき台団地は郊外住宅であるから、郊外住宅としての補正をすべきところ、前示認定説示のとおり本件各建物は本件道路に面し、道路に面する地域は道路騒音に対する受忍の程度が大きいと解すべきであるから、この点を考慮すると本件建物付近は都市住宅地に準ずる補正をなすのが相当であるから、プラス一〇ホン(A)の補正を加え、五五ホン(A)となる。(室内では閉窓で三五ホン(A)となる。)

右の五五ホン(A)を超える時間帯は、七時三〇分から八時までの三〇分間のみであり、その評価騒音レベルは六〇ホン(A)(ピークレベル)(室内では閉窓で四〇ホン(A)となる。)である。右の時間帯は昼間の時間と評価されるから、時間に関する補正はゼロである。従つて本件建物付近の基準値は五五ホン(A)となる。

そうすると、評価騒音レベルが基準値をこえる量は五ホン(A)であり、これに対して予想される社会的反応の程度・内容は、少しの程度で散発的な苦情が出るものと(別紙七、表四)されている。(本件団地の位置関係からみると、問題の時間帯は、同団地住民が勤務先たる東京への通勤時間帯の一部(ラツシユ・アワー)に該当するものと窺われる。)

以上、仮に甲第一〇号証を前提としてISO規格により検討しても、右のごとくになるのである。

2  原告らの被害および被害感情

原告黒岩ナナ子、同松崎光子各本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨によると、原告黒岩両名は、本件けやき台団地入居前は、公団松原団地に居住し、同団地付近のバイパス工事用車両が同原告ら居宅近くを通行する為騒音に悩まされ、右騒音を逃れ、静かでより環境の良い住居を求めて本件建物を購入したこと、原告松原両名は医師で、本件団地入居前は、公団桜堤住宅に居住し、育児のため緑の多い空気のきれいな静かな住居を求めて本件建物を購入したこと、原告らは本件各建物購入に際し、本件道路の存在を了知していたこと、原告らは本件団地に入居以来、本件道路を運行する定期バスの騒音に対し最も被害感情を有し、就中朝夕のラツシユアワーの定期バスの騒音を苦痛としていること(一〇時頃から一六時頃までは比較的楽になると感じている)、睡眠については、原告黒岩方は、騒音のため深夜まで寝つかれないとして、原告松崎方は、夜遅く朝遅い生活サイクルのところ、騒音のため早朝眠りを破られるとして、それぞれ被害感情を持ち、日常生活に関しては、黒岩方は朝のバス騒音、松崎方は深夜二時に及ぶタクシー騒音を苦痛としていること、原告松崎方の子息が小学校低学年の頃に原因不明の夜泣きをしたことも本件騒音のせいだと同原告は考えていること、その他原告松崎俊久は疫学関係の研究者であるため、本件建物の一室を書斉として疫学関係の資料整理、数字の計算等をなす予定であつたが、本件道路騒音では思考が中断され研究が進まないとして、自宅での研究を断念し、専ら勤務先の研究室を利用し、本件建物は寝る丈の場所となつていること、同原告は子供の進学期を控え、右の状況下では子供の勉強も思考を中断され根気が続かないとして、国立付近に住宅街の宅地を求め、転居の準備を進めていること、同原告方は夏季はクーラーを入れ窓を閉め切りにして生活していること(二重窓にしなくてもこの程度で何とか騒音を凌げると考えている)、原告黒岩は新聞記者であり、転勤により現住所へ移転したが、東京へ帰任の可能性もあり、その際は本件建物で生活することを予定していること、その子息は三才の時交通事故に遭い、医師から刺激の少ない場所で生活するよう指導されていたので、高校進学を期に静かな環境の全寮制の高校に進学し本件建物から離れて生活するようになつたところ著しく健康を回復したこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  公共性

前記認定説示の事実関係によれば、本件けやき台団地は、国立駅から二・四キロメートル、立川駅から三・四キロメートル離れているうえに、両駅への公衆交通機関は立川・西武両バスのみであり、本件団地生活者は、その足として、右バスの利用を不可欠とし、右バスの公共性は極めて高いものということができる。

いずれも成立に争いのない丁第六号証、第一〇号証、第一八号証の一・二、第一九号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる丁第一七号証の一・二ならびに原告松崎光子本人尋問の結果によると、本件バスは立川、西武両バスに対し三〇回を限度として免許されたが、本件団地一六〇〇世帯(賃貸住宅一二五〇戸、分譲住宅三五〇戸)が入居を完了し、住民の殆んどが両バスを利用し、原告松崎両名も通勤にはバスを利用していること、本件団地の建設、入居に伴ない隣接区域の発展著るしく、住民も増加したため、ラツシユ時には乗客の積残しが多数出る状況となり、これを改善するため、団地住民らの要請により三回の増発が行なわれて、現在の運行回数となつたこと、また終バスが出てしまうとタクシーのみが団地住民の足となり不便であるとの住民の要請に応じ、立川バスは昭和五〇年二月二四日から国立駅発けやき台団地行きの終バス時刻を二二時四〇分から二三時〇〇分に延長したこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

4  そこで本件道路騒音(就中バス騒音)及びその被害とその受忍限度について検討するに、叙上認定説示の事実関係のもとにおいては、本件道路騒音は、今日の東京都民の日常被曝する騒音レベル(都内の住宅における建物内騒音レベルは四八・五ホン、乙第八号証一七八頁参照)に比し、著しく劣悪な条件下にあるとはいえない。

人間の社会生活と騒音は密接相関の関係にあり、文明の進歩に従つて日常生活のあらゆる面で騒音が多発し、増大していることは顕著な事実である。殊に我国の如く狭隘な国土に多数の国民が生活する現状においては、社会生活上発生する騒音について国民は相互に多少の無理を耐え忍んで生活しているのが現状である。また、騒音の発生源が国民生活に利益を付与しているものも多く、政府、公共団体、企業、国民等において騒音を減少させる施策に努力する一方では、ある程度の騒音は現在の社会生活上ではやむを得ないものとして相互にこれを容認し合い、これに耐えて生活している実情にある。もとより騒音はないに越したことはない(そのために様々な騒音対策がすすめられ又すすめられようとしている現状にある。)が、共同生活の機能上、騒音源となりつつもその存在が必須不可欠のものがあるし、かかるものについては、その公共性の故に、受忍すべき騒音の程度も、然らざるものに比して大とならざるを得ない場合が多い。

原告らは、何れも旧住居より、緑と澄んだ空気と静けさを求めて都心を離れた本件団地に移住して来たのに、本件道路騒音により著るしくその期待を裏切られ、前記認定の病苦を蒙り、当初の期待が大きかつた丈に失望と落胆は一入であつたであろうことは察するに難くないが、本件道路の存在により原告らが有形無形の便益を享受していることもまた否定しえないところであり、本件定期バスの如き、原告らを含めた団地住民の殆んどが、足代りに利用している公衆交通機関については、その最もうるさい時間帯は、団地住民が稼動のため出勤する時間帯であり、一般住民と原告らとの生活サイクルの違いからこれに対して原告らが被害感情を抱くとしても、先に認定した程度の騒音レベル、時間率に鑑みるときは不法行為に関する現行法制の適用上においては、本件道路騒音及びその被害は原告らにおいてこれを受忍すべきもの(受忍限度の範囲内)と解するのが相当である。右認定判断を覆すに足りる事実の立証はない。とはいえ、本件道路騒音が現状のまま放置されることは決して好ましいことではない。現状に即しつつ健康にして文化的なよりよき生活環境の達成を目標として被告らを含めた政府、公共団体、企業、交通機関の諸関係者が、原告ら住民と協力しつつ騒音軽減の努力を払うべきことが望まれる。

四  ところで、証人佐藤安孝、同田那村昇の各証言、原告松崎光子、同黒岩ナナ子各本人尋問の結果およびこれらによつて被告公団が本件団地を分譲するにあたり原告ら譲受希望者に配布したパンフレツトであると認められる成立に争いのない乙第四号証によれば、右パンフレツトに記載されている本件団地の略図には、本件道路が被告国分寺市への移管地として表示されているが、これにバスが運行する予定であることについては表示がなく、かつ被告公団が本件団地を分譲するにあたり原告らに対して本件道路にバスが通行する予定であることを説明したことはなかつたことが認められる。しかし、進んで被告公団が本件各建物の分譲に際し原告らに対して、車両の本件団地内の通行を認めず、バス停留所は本件団地外に設置する旨を約し、また本件団地が将来とも閑静な環境にあることを保証した旨の原告ら主張事実については、原告松崎光子、同黒岩ナナ子各本人尋問の結果中右にそう部分は証人佐藤安孝、同田那村昇の各証言に照してたやすく信用できず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

そうすると、前記認定の本件道路における騒音度、本件各建物の構造、本件道路との位置関係等の事実に鑑みると本件各建物は、前記認定のとおりの遮音度を持つアルミサツシユの窓が取付けられている以上、更に二重窓等特別の防音施設が設けられていないとしても、本件各建物に民法六三四条にいう「瑕疵」、その他原告ら主張の「瑕疵」があるものということができないと解するのが相当である。

したがつて、その余の点について判断するまでもなく、原告らの被告公団に対する瑕疵担保責任に基づく請求は理由がない。また、前記認定判断のとおり原告らが被つた本件道路騒音及びその被害が受忍限度の範囲内のものである以上、かかる場合においてもなお被告らにおいてその責に任ずべき旨の特段の事情の主張立証は、本件全資料を検討するもこれを認めることができないから、原告らの被告公団、被告国分寺市、被告国に対する不法行為に基づく請求も爾余の点について判断するまでもなく理由がない。

五  なお付言すれば、

(一)  原告らは、被告国分寺市が住民の意思を詳さに考慮検討することなく本件バス路線開通を積極的に求め、且つ路線変更等の住民の切なる請願を無視して本件騒音問題の解決を怠つている旨主張するが、右事実を認定するに足りる証拠は全く存しないし、更に被告国分寺市には本件道路に接続し国立駅に通じる平均幅員一六メートルの道路拡張計画があること、被告国分寺市の市議会が原告らによる右道路計画実施の請願を財源難を理由に不採択としたことは原告らと被告国分寺市との間で争いがないが、同市議会の原告らの請願不採択の措置が原告らに対する不法行為に該るとは解し難いし、しかく認定するに足りる証拠もない。

(二)  また、原告らは、東京陸運局長は立川、西武両バスに対し本件道路を含む路線についてバス路線免許を賦与し、その後数回にわたる運行回数の増加を認可するに際し、バスの騒音等の被害の配慮を怠つた旨主張するが、東京陸運局長が騒音被害の配慮を怠つた旨の主張事実を認定するに足りる証拠はない。

六  以上の次第で、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 後藤静思 黒田直行 渡邊雅文)

別紙一ないし別紙七〈省略〉

(別紙)物件目録(一)

東京都国分寺市西町四丁目八〇番地一所在

第四二号棟

一、鉄筋コンクリート造陸屋根五階建

一ないし五階各二七四・七四平方メートル

のうち

家屋番号 西町四丁目八〇番一の三三二

建物番号 一〇二

一、鉄筋コンクリート造一階建居宅

一階部分六二・二二平方メートル

(別紙)物件目録(二)

前同所所在

第三九号棟

一、鉄筋コンクリート造陸屋根五階建

一ないし五階各四一二・一一平方メートル

のうち

家屋番号 西町四丁目八〇番一の二六七

建物番号 二〇一

一、鉄筋コンクリート一階建居宅

二階部分六二・二二平方メートル

別紙図面(一)~(四)〈省略〉

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